はじめに: 低栄養: メルクマニュアル18版 日本語版
John E. Morley, MB, BCh
低栄養は栄養不良の一種である(栄養過多も含む―肥満および代謝症候群を参照 )。低栄養は,栄養素の不十分な摂取,吸収不良,代謝障害,下痢による栄養素の損失,または栄養必要量の増大(癌や感染症などにみられる)によって生じる。栄養不良には段階があり,各段階とも通常,発現までに長い時間がかかる。まず,血中および組織中の栄養素濃度が変化し,次に細胞内の生化学的な機能および構造に変化が生じる。最後に,症状および徴候が現れる。
危険因子
低栄養は,貧困および社会的窮乏をはじめ,様々な障害や環境により引き起こされる。また,リスクは特定の時期に高まる(すなわち,乳児期,幼児期,青年期,妊娠期,授乳期,および老年期)。
乳児および小児
乳児および小児は,エネルギーと必須栄養素の必要量が多いため,特に栄養不足に陥りやすい。新生児では,ビタミンKが不十分な場合に,生命にかかわる障害である新生児出血性疾患を発症することがある(ビタミンの欠乏症,依存症,および中毒症: 病因を参照 )。母親が極端な菜食主義者である場合,母乳だけを与えられた乳児にビタミンB12 欠乏症が現れる。授乳または食事が不十分な乳児や小児には,蛋白-エネルギー栄養不良,および鉄,葉酸,ビタミンA,ビタミンC,銅,亜鉛の欠乏のリスクがある。青年期には,成長速度が加速することによって栄養所要量が増大する。神経性食欲不振症(摂食障害: 神経性無食欲症を参照 )が青年期の女子を侵すことがある。
妊娠期および授乳期
妊娠期および授乳期には,栄養素の必要量が増大する。妊娠期には,異食症(粘土や炭のような栄養的に価値のない物質の摂取)など,食事の異常がみられることがある。鉄欠乏による貧血は,葉酸欠乏による貧血と同様に,特に経口避妊薬を服用していた女性においてよくみられる。
老年期
加齢―疾患または食事不足がみられない場合でも―40歳を過ぎる頃から筋減少(除脂肪体重が徐々に減少するもの)が生じ,やがて男性では約10kg(22lb),女性では5kg(11lb)の筋肉減少を来すことになる。原因としては,身体活動および食事摂取量の減少と,サイトカイン濃度(特にインターロイキン6)の上昇が挙げられる。男性では,アンドロゲン濃度の減少が原因の1つである。加齢により,基礎代謝率の減少(主に除脂肪体重の減少による)のほか,総体重,身長および骨量が減少し,平均体脂肪率(体重に占める割合)が男性では約20%から30%に,女性では27%から40%に増大する。
20歳から80歳までの食物摂取量は,特に男性において減少する。加齢自体による食欲不振には,胃底部の適応性弛緩機能の低下,コレシストキニンの放出および活性の増大(飽食感をもたらす),レプチン(脂肪細胞が産生する食欲抑制ホルモン)の増大をはじめとする多数の原因がある。味覚や嗅覚の低下が食べる楽しみを減少させることもあるが,通常はそれによって食物摂取量が減少することはごくわずかである。食欲不振の原因はほかにも考えられる(例,孤独,食事の買い物や準備ができない,認知症,慢性疾患,特定の薬物の使用)。うつ病は食欲不振の一般的な原因である。時に,神経性食欲不振症,パラノイアまたは躁病が食事を妨げることもある。歯の疾患があると,咀嚼力,さらには食物の消化力が低下する。嚥下困難 もよくみられる(例,脳卒中,他の神経障害,食道カンジダ症または口内乾燥症によるもの)。 貧困や機能障害は,栄養へのアクセスを制限する。
施設入所の高齢者には特に,蛋白-エネルギー栄養不良(PEM)のリスクがある。高齢患者は錯乱状態になることが多く,空腹や食物の好みを表現できないことがある。また肉体的な問題により,自分で食事を摂れないこともある。高齢患者は咀嚼や嚥下がきわめて遅く,介助者にとっては食事を十分に与える作業が退屈なものになることもある。ビタミンDの摂取不足や吸収力の低下のほか,日光への暴露が不十分であることが,骨軟化の一因となる(ビタミンの欠乏症,依存症,および中毒症: ビタミンD欠乏症と依存症を参照 )。
疾患および医学的手技
看護の役割 - 肥満
糖尿病の場合,消化管を冒す一部の慢性疾患に罹患している場合,腸切除やその他消化管のある種の外科的手技を受けた場合は,脂溶性ビタミン,ビタミンB12,カルシウムおよび鉄の吸収が阻害されやすい。グルテン性腸症,膵不全またはその他の疾患では,吸収不良が起きることがある。吸収力の低下は,鉄欠乏および骨粗鬆をもたらす可能性がある。肝疾患はビタミンAおよびB12の貯蔵を妨げ,蛋白およびエネルギー源の代謝を阻害する。腎不全は,蛋白,鉄およびビタミンDの欠乏を起こしやすい。癌またはうつ病に罹患している一部の患者と多くのAIDS患者は,食欲不振により,食物消費量が不十分となる。感染,外傷,甲状腺機能亢進症,広範囲熱傷および長期にわたる発熱では,代謝要求が増大する。
菜食
乳卵菜食主義者に鉄欠乏がみられることがある(しかし,このような食事は健康的でもある)。完全菜食主義者では,酵母エキスまたは東洋式の発酵食品を摂取しないと,ビタミンB12欠乏を生じることがある。また,カルシウム,鉄および亜鉛の摂取量も不足しがちである。果物だけの食事は,蛋白,ナトリウム,および多くの微量栄養素が不足することから推奨されていない。
気まぐれなダイエット
気まぐれなダイエットにより,ビタミン,ミネラルおよび蛋白が欠乏し,心,腎および代謝障害が引き起こされることがあり,ときに,死に至ることがある。超低カロリー食(400kcal/日未満)では,健康を長く維持できない。
薬物および栄養補助食品
薬物の多く(例,食欲抑制薬,ジゴキシン)は食欲を低下させるが,栄養素の吸収または代謝を阻害するものもある。異化作用をもつ薬物(例,刺激剤)もある。ある種の薬物が多くの栄養素の吸収を阻害することもあり,例えば,抗痙攣薬の場合はビタミンの吸収を阻害する。
アルコールまたは薬物依存症
アルコール依存症または薬物依存症の患者は栄養の必要性を無視することがある。栄養素の吸収と代謝が阻害されることもある。静注薬物依存者は,1クォート(0.95L)/日以上の強い酒を摂取する飲酒者と同じく,栄養不足を来すことが多い。アルコール中毒は,マグネシウム,亜鉛およびチアミンをはじめとする一部のビタミンの欠乏症を引き起こすことがある。
症状と診断
低栄養の原因および種類によって症状は様々である(低栄養: 症状と徴候を参照 およびビタミンの欠乏症,依存症,および中毒症を参照 )。
診断は,病歴,食事歴,身体診察,身体組成分析(肥満および代謝症候群: 身体組成分析を参照 )および指定した臨床検査の結果に基づく。
食事歴
食事歴には,食事摂取量(低栄養: 簡易栄養評価法。図 1: を参照),最近の体重の変化,薬物やアルコール摂取など栄養不足の危険因子に関する質問を含むものとする。普段の体重の10%以上の体重減少が意図せずして3カ月間で起こった場合は,栄養不足の可能性が高いことを示している。社会歴では,患者に食物を買うお金があるか,買い物と料理ができるかどうかに関しても質問する。
栄養欠乏の症状に焦点を合わせて,各器官系を診査する必要がある(低栄養: 栄養欠乏症の徴候と症状表 1: を参照)。例えば,頭痛,悪心,おいび複視がビタミンA中毒を示すことがある。
表 1 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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身体診察
身体診察には,身長と体重の測定,体脂肪分布の検査および人体測定法による除脂肪体重の算出がある。体格指数(BMI=体重(kg)/身長(m)2)は身長に対する体重の割合を算定するものである(肥満および代謝症候群: 体格指数(BMI)を参照 表 1: )。体重が身長から予測される値の80%未満である場合,またはBMIが18以下の場合は,栄養不足を疑うべきである。以上の所見は,栄養不足の診断に有用ではあるが,特異性には欠ける。
上腕筋面積は除脂肪体重を測定するものである。この面積は上腕三頭筋部皮下脂肪厚(TSF)および上腕囲から求められる。右腕を力を抜いた位置に置かせ,2つの値を同じ部位で測定する。平均上腕囲は,男性で約32±5cm,女性では28±6cmである。上腕筋面積をcm2で求める式を13ページ下段に示す。
この式は上腕面積を脂肪および骨に対して補正するものである。上腕筋面積の平均値は,男性では54±11cm2,女性では30±7cm2である。値がこの標準値(年齢別)の75%未満であれば,除脂肪体重の減少を示す(低栄養: 成人の上腕筋面積表 2: を参照)。この測定値は,身体活動度,遺伝因子,および年齢による筋肉減少の影響を受けることがある。
表 2 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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身体診察では,特定の栄養欠乏の徴候に焦点を合わせるべきである。PEMの徴候(例,浮腫,筋肉の消耗,発疹)に着目する。診察ではまた,歯科疾患のような栄養欠乏をもたらしやすい徴候にも焦点を当てるべきである。うつ病および認知障害が体重減少につながることもあるため,精神状態も評価する必要がある。
広く用いられている自覚的包括的評価(SGA)は,患者歴(例,体重減少,摂取量の変化,消化管症状),身体診察所見(例,筋肉および皮下脂肪の減少,浮腫,腹水),および患者の栄養状態に関する医師の判断などの情報を利用するものである。簡易栄養評価法(MNA)は特に高齢患者に有効であることが確認され,広く用いられている(低栄養: 簡易栄養評価法。図 1: を参照)。
検査
必要な臨床検査の範囲は明確ではなく,患者の状況によって決定するものである。原因が明らかであり,是正可能であれば(例,遭難からの帰還),おそらく検査の恩恵はほとんどない。その他の場合には詳しい検査が必要となることもある。
血清アルブミン測定値は,最もしばしば用いられる臨床検査値である。アルブミンおよび他の蛋白(例えば,プレアルブミン(トランスサイレチン),トランスフェリン,レチノール結合蛋白)の減少は,蛋白欠乏症またはPEMを示唆するものである。栄養不足が進行するにつれ,アルブミンがゆっくりと減少し,プレアルブミン,トランスフェリンおよびレチノール結合蛋白が急速に減少する。アルブミンの測定は安価であり,他の蛋白よりも罹病率および死亡率の予測に優れている。しかし,アルブミンと罹病率および死亡率との相関には,栄養因子のほか,非栄養因子が影響している可能性もある。炎症は,アルブミンその他の栄養蛋白マーカーを溢出させ血清中濃度を減少させるサイトカインを産生する。飢餓状態では,プレアルブ� ��ン,トランスフェリンおよびレチノール結合蛋白がアルブミンよりも急速に減少するため,急性飢餓状態の重症度を診断,評価するために,このような測定値を用いることがある。しかし,このような蛋白の感受性または特異性がアルブミンよりも高いかどうかは明らかでない。
栄養不足が進行するにつれて減少することの多い総リンパ球数を測定することもある。栄養不足の状態においてはCD4+ Tリンパ球が著明に減少するため,AIDSに罹患していない患者にはこの値の方が有用である。
抗原を用いた皮膚試験では,PEMおよびその他の栄養欠乏症の細胞性免疫障害を検知できる(免疫不全疾患: 診断を参照 )。
このほか,ビタミンおよびミネラル濃度を測定する臨床検査を選択的に用いて,各欠乏症を診断する。
最終改訂月 2007年6月
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