遺伝性QT延長症候群の心電図所見
1.QT延長症候群の心電図所見の一般的特徴
QT延長症候群の特徴的心電図所見としては下記のようなものがある。
1) QTc間隔の延長
2) 徐脈傾向、運動による心拍数増加不良
3) 著明なU波、T-U融合
4) T波形異常(T波の結節形成など)、T波交互脈
5) Torsade de pointesと呼ばれる特異的な多形性心室頻拍、心室細動
2.QT間隔延長を来す諸病態:
QT間隔は電気的心室収縮時間とも呼ばれ、心電図所見の1指標として古くから注目されてきた。一般にQT間隔延長を来す病態としては下記のようなものがある。
1) 遺伝性(先天性)QT延長症候群
(1) Romano-Ward症候群
(2) Jervell and Lange−Nielsen症候群
2)二次性QT延長
(1) 薬剤性:抗不整脈薬、三環系抗うつ薬、フェノチアジン系向精神薬、有機リン酸塩、プレニルアミンなど。
(2) 電解質異常:低K血症,低Mg血症、低Ca血症。
(3) 中枢神経系障害:くも膜下出血、脳梗塞、頭部外傷など。
(4) 高度の徐脈性不整脈:完全房室ブロックなど。
( 5) その他:急性心筋炎、僧帽弁逸脱、心筋梗塞、甲状腺機能低下、ペースメーカー機能異常など。
3.QT間隔(QT interval)の正常値
QT間隔としては、QRS波の起始部から終末までの時間を計測する。QT間隔は誘導により差があり、一般に第2誘導で最も長い(Lepeschkin E: Modern Electrocardiography, Lea & Febiger, Philadelphia,1953)。QRS波起始部の決定は比較的容易であるが、その終末部の決定はしばしば困難である。このような場合は、U波が著明でない誘導で計測したり、U波はT波に比べてスロープがなだらかな特徴に着目してU波の混入を除外する。T波の終末は各誘導により差があるため、理想的には多誘導同時期録を行って、最も早期のQRS波起始部から、最も遅いQRS波終末部までの時間を計測する事が望ましい。また。QT間隔は心拍ごとに変動するため、Goldbergerは5心拍の平均を用いることを勧めている。
QT間隔の正常値としては、Simonsonハ、100分比から求めたQT間隔の正常上界および下界として次のような数値を示している。
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心拍数 (/分) | / | 年齢(歳) | |||
18-29 | 30-39 | 40-49 | 50-60 | ||
115-84 | 下限 | 0.31 | 0.30 | 0.32 | 0.31 |
上限 | 0.38 | 0.38 | 0.39 | 0.39 | |
83−72 | 下限 | 0.32 | 0.33 | 0.33 | 0.34 |
上限 | 0.39 | 0.40 | 0.41 | 0.41 | |
71-63 | 下限 | 0.33 | 0.35 | 0.34 | 0.35 |
上限 | 0.41 | 0.41 | 0.41 | 0.42 | |
62-56 | 下限 | 0.35 | 0.36 | 0.36 | 0.36 |
上限 | 0.42 | 0.43 | 0.44 | 0.44 | |
55-45 | 下限 | 0.38 | 0.38 | 0.37 | 0.36 |
上限 | 0."は医者が存在しない"本42 | 0.44 | 0.41 | 0.46 |
QT間隔は心拍数の関数で、徐脈時には延長し、頻脈時には短縮する。従って、QT間隔が正常であるか、異常であるかを評価するためには、心拍数との関係を考慮しなくてはならない。そのためには、古くから下記のBazettの補正式が広く用いられている。
QTc=QT実測値/RR間隔1/2
QTc間隔延長の判定基準としては、下記のように研究者間に若干の意見の相違がある。
研究者 | QTc延長判定基準値 |
Massie,Walsh | >425 msec |
Macfarlane,Lawrie | >460 msec |
Schawartzら | >440 msec |
M0ss, Schwartzは、年齢、性を考慮した下表のような基準値を示している。
/ | 1-15歳 | 成人男性 | 成人女性 | ||
正常上界 | 2.5%値 | >450 | >440 | >455 | |
判定基準 | 正常 | <440 | <430 | 445-465 | |
境界域 | 440-460 | 430-450 | 445-465 | ||
延長 | >460 | >450 | >465 |
Schwartzら(1993)は、scoreシステムによる先天性QT延長症候群の診断基準の一部として次に示すようなQTc測定値にそれぞれ下記のような点数を付与している(詳細は「診断基準」の項参照)。
ティーンエイジャーは彼らが運転するか言う
QTc | 点数 |
≧480msec | 3 |
460-470 | 2 |
450msec(男性) | 1 |
4.T波形の異常
先天性QT延長症候群においては、下図のようないろんなT波の変形が認められる。
5.T波交互脈 (T wave alternans)
T波の振幅、波形または極性が各心拍ごとに交互に変化する現象をT波交互脈という。 これは心室筋の興奮の不均一性を反映し、不整脈出現の危険性が極めて高い状態にあることを示す。肉眼的に観察されるT波交互脈は、QT延長症候群、異型狭心症、急性心筋虚血、電解質異常、発作性心頻拍、徐脈、運動負荷、薬物の影響、心膜腔液貯留などの際に出現することが知られている。
これらの内、心膜腔液貯留の際の電気的交互脈の成因は、多量に貯留した心膜液中で心臓が振り子様運動をするためと考えられているが、その他の場合は心起電力の何らかの変化に起因する。そのような心起電力の変化としては以下のようなものがある79)。
(1) 心筋の不応期延長による電気生理学的性質の不安定性、
(2) 心筋細胞内Ca� �度の交互変化、
(3) 一拍おきの早期後脱分極(early after depolarization)の出現など。
下図は、肉眼的に認められたT波の交互脈の3例の心電図を示す(Schwartz PJ et al.Pathogenesis and therapy of the idiopathic long QT syndrome.Ed.Hashiba K et al: QT prolongation and ventricular arrhythmias.p.112,NY Academy Sciences,1992)。
肉眼的に把握できる電気的交互脈の出現頻度は少なく、臨床的意義が低いため、微少なT波交互脈を検出する方法が検討された。 Rosenbaum, Cohenらは高速フーリエ変換により、微少なmicrovolt レベルのT波交互脈を検出するシステムを開発した78)。このような機序によるマイクロボルトレベルのT波交互脈の検出装置としてはCambridge Heart社製CH2000 システムが使用されている。T波交互脈は、心拍数が多い場合に出現し易いため、運動負荷、心臓ペーシング、薬物負荷などにより心拍数を増加させて計測する方法が用いられている。
6.遺伝子型の相違によるT波形の特徴的所見:
Mossらは、1885年、QT症候群の心電図所見は,障害遺伝子の種類により異なった特異的心電図所見を示すことを発表した。下図はMossらによる遺伝子型別に見た標準肢誘導心電図T波の特徴的所見を示す。
「遺伝子別による心臓発作の誘因」の項目で説明したように、LQT1とLQT5およびLQT2とLQT6は類似した病像を示すため、LQT5はLQT1に類似した心電図所見を示す。また、LQT6はLQT2と類似した心電図所見を示す。
しかしながら、LQTのすべての例がこのような典型的所見を示すわけではない。LQTの中には「無症候性mutation carrier」があり、遺伝子変異を有するが、臨床的には全く自覚症状を示さず、平素の心電図所見はせいじょうであるか、あるいは極めて非典型的所見を過ごすに過ぎないような場合もしばしば認められる。このような減少が起こる機序は、LQTにおいては遺伝子変異の低浸透性が認められるためである。
7.心室性不整脈、ことにtorsade de pointes(トルサード・ド・ポアンツ、Tdp)
torsade de pointes型心室頻拍は、通常、「torsade de pointes, Tdp」と呼ばれている。心電図所見は極めて特徴的で、QRS軸が5〜20心拍を周期として徐々に変動する。QRS波とT波の区別をつけ難い心室群を有する心室頻拍と心室粗動との中間的波形を示す。ある誘導で見ると、心室波の振幅は漸次増大し、最大に達した後、漸次 振幅が減少し、遂には著しく低くなって点状(node)となり、その後は再び振幅が増大し、以後、同様のリズムを繰り返す。この振幅が著しく小さくなる所見は、心起電力減少のためではなく、同時記録した他の誘導を見ると、大きい振幅の心室波が記録されており、心室波の電気軸が規則的に捻れるため(twist)と考えられる。torsada de pointesは、直ちに適切な治療を行わないと極めて容易に心室細動に移行するため、極めて危険な悪性不整脈(malignant arrhythmia)である。
下図は71歳女性の完全房室ブロック例にみられたtorsade de pointesで、心室細動に移行している。
torsade de pointesという言葉はフランス語であるが、この発音に関し学会でも著しい混乱が見られる。正しくは、「トルサード・ド・ポアンツ」と発音するべきであるにもかかわらず、torsadeを「トルセード」と発音したり、pointesを「ポアン」などと誤って発音する学会の指導的研究者も少なくない。torsadeとは「捻れた房毛」, pointe(s)は「針、釘、(針の)尖端」などを意味する。その発音は「ポアンツ」であるが、スペルがよく似た言葉に「point」があり、これと混同している人が著名な大学教授にもあり、若い研究者を混乱させている。下表にpointeとpointの単数形、複数形およびそれらの発音を表記する。
単数型 | 複数型 | 言葉の意味 | ||
スペル | 発音 | スペル | 発音 | |
point | ポアン | points | ポアン | 点 |
pointe | ポアンツ | pointes | ポアンツ | 針、(針などの)尖端 |
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QT延長症候群における負荷試験の意義
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